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福井地方裁判所 昭和52年(ワ)115号 判決

原告 マルツネ商事こと 酒井庸治

右訴訟代理人弁護士 小島峰雄

同 黒田外来彦

被告 野路洋子

被告 松井匠

右被告ら訴訟代理人弁護士 小酒井好信

主文

一  被告野路洋子は原告に対し、金九二一万七六七二円とこれに対する昭和五二年四月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告野路洋子に対するその余の請求および被告松井匠に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告野路洋子との間に生じたものについては、これを五分し、その三を同被告、その余を原告の各負担とし、原告と被告松井匠との間に生じたものについては、原告の負担とする。

四  この判決は第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金一七八〇万円とこれに対する昭和五二年四月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外野路金次郎(以下単に金次郎という。)を代表取締役とする訴外大喜商事株式会社(以下単に訴外会社という。)は昭和四九年一月二三日設立され、手形割引、金銭の貸付等の金融を行うことを主たる営業の目的とする会社であり、被告両名は訴外会社の取締役の地位にあった。

2  原告は訴外会社の代表取締役である金次郎から昭和五一年一月三〇日から同年五月二八日までの間に訴外会社振出の別紙手形目録記載の約束手形一五通の交付を受けて、訴外会社に右手形額面合計金一七八〇万円を貸付けた。原告は同目録記載の手形のうち(一)ないし(五)の手形をいずれも支払期日に支払場所に呈示したところ支払を拒絶され、同(六)および(七)の手形については訴外会社の要請により呈示をせず、同(八)および(九)の手形については支払期日に支払を受け得る見込みがないために呈示することを控え、同(一〇)ないし(一五)の手形については訴外会社に持参して支払を求めたが支払が得られなかった。

3  しかるところ、訴外会社は右の約束手形の支払期日における支払を停止したまま昭和五一年七月には事実上倒産し、原告は右手形元本合計金一七八〇万円の支払を受けることが不能となり、右同額の損害を被るに至った。

4  訴外会社の取締役である被告らは以下の事由により商法二六六条の三の規定に基づき連帯して、原告が被った右損害を賠償すべき義務がある。すなわち、

(一) 訴外会社は自己資金のみならず、例えば訴外株式会社共栄地所だけからでも約金一五〇〇万円を借入れるなど他の金融業者仲間から資金の融通を受けて、これを他に手形割引、手形貸付の方法により貸付けて運用し金融業務を行ってきたものであるが、昭和五〇年五、六月頃には貸付先である訴外有限会社北陸レビロン、同マルトク物産株式会社、同ホクリク印刷こと大久保伸一らが相次いで手形を不渡にし、訴外会社としては約二〇〇〇万円の不良債権を抱えるに至った。そして右の如く貸出金の回収が不能となるに及んで借入金の返済が困難となり、結局借入金の返済の為に新たに借入れをせざるを得ない状況に追いこまれ、訴外会社の代表取締役である金次郎は妻である被告野路所有の不動産を担保に訴外株式会社福井相互銀行、福井市農業協同組合、さらには個人の金融業者等から借入れをして返済資金を賄うという経営を続けてきたものであるが、かように訴外会社の経営が極度に悪化した状況のもとで、金次郎は右の返済資金や当座の運用資金に窮した挙句、もはや決済資金もなければ新たな資金調達の見込がなく、支払期日には不渡となることを予見しながら原告から金員を借り受けるに当って本件手形を振出したものである。しかも本件手形のうち別紙手形目録(一)ないし(九)の手形はいずれも金次郎個人が訴外福井信用金庫松岡支店との間の当座取引により入手した手形用紙を用いて、あたかも訴外会社が同支店との間に当座取引があるかの如く装って原告を欺罔したものである。

(二) ところで訴外会社の取締役である被告らは、金次郎に訴外会社の経営の一切をまかせて放任し、取締役会の招集を求めたり、自ら招集するなどして会社の業務執行に対する監視、監督することを全くなさずにいたもので、被告らにおいて取締役として会社の業務遂行に意を用いたならば金次郎の本件手形乱発行為を阻止し、あるいは訴外会社の倒産を防止することが可能であったところ、被告らには右の義務を尽くさずにこれを懈怠したことにつき悪意または重大な過失がある。

5  よって原告は被告ら各自に対し、原告の被った損害金一七八〇万円とこれに対する被告らに本件訴状が送達となった翌日である昭和五二年四月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、被告両名が訴外会社の取締役に就任したことを否認し、その余は認める。

被告野路は昭和四八年末ないし昭和四九年一月初旬ころ、夫である金次郎から「会社を作るので印鑑を貸せ」と申し向けられて、何の目的に使うのか全く理解しないまま金次郎に実印を貸しただけであって、自己が訴外会社の取締役に就任することを承諾して実印を貸したものではない。

また被告松井は、実弟である金次郎から昭和四八年末ころに「独立して金融会社をつくるから少額でよいが出資してほしい」旨依頼されて、これを拒絶した。被告松井は長距離運転手として稼働し日頃在宅することが稀であったところ、その後金次郎は被告松井が留守であった昭和四九年一月四日妻の幸子に対し、会社をつくるので匠の印鑑を貸してくれ、七人の印鑑が要る、などと被告松井の印鑑の貸与を求め、幸子は夫が金次郎の設立する会社に関与するのを拒絶していることを知っていたが、従前夫が金融機関から借入れをした際金次郎に保証人になってもらったことがあり、兄嫁の立場として金次郎の頼みを断りきれず、無断で夫の実印を金次郎に手交し、金次郎が所携の書類に押印した。その後もう一度妻幸子は金次郎から書類に印洩れがあると申し向けられて、書類を確かめもせずに金次郎に夫の実印を貸したことがある。

以上の次第で、訴外会社の商業登記簿上被告両名が取締役である旨の登記がなされるに至ったが、同会社の取締役に就任したこともなければ、その旨の登記を経ることを承諾するという名義貸与の事実もない。

2  請求原因2の事実は知らない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の(一)の事実は、金次郎が被告野路所有の不動産を担保に原告主張の融資先から金員を借入れて、これを訴外会社の運転資金に供するに至ったことは認めるが、その余は知らない。

同4の(二)の事実は否認する。

5  同5の主張は争う。

三  抗弁

1  訴外会社は原告の本件債権に対する支払として、昭和五二年二月八日金一〇〇万円、同月一八日金八〇万円、そのほかさらに金八〇万円、の合計金二六〇万円を訴外福井信用金庫本店の原告の口座に振込んで弁済した。

2  原告には、本件当時訴外会社が訴外株式会社友進商事との取引により莫大な損害を被っていることを知りながら、訴外会社の資産状態を全く調査することなく、金次郎個人の対外的信用のみを盲目的に信用して訴外会社に金員を貸付け、これを継続し、その支払のために本件各手形の振出交付を受けた過失があり、これにより損害の発生、拡大をみるに至ったというべきであるから、被告らにその損害の全額の賠償を求めることは許されず、右原告の過失は賠償額の算定上斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は、原告が昭和五二年二月四日に金一〇〇万円、同月一八日に金八〇万円、同年五月三一日に金八〇万円を受領したことは認める。

なお右弁済金については法定充当により、昭和五二年二月四日弁済の金一〇〇万円については、別紙手形目録(一)ないし(五)の各約束手形の各支払期日から右弁済日まで年六分の割合による利息金と、(一)の手形元金五〇万円および(二)の手形元金のうち金に充当し、昭和五二年二月一八日弁済のあった金八〇万円については、右(二)の手形残元金および(三)ないし(五)の約束手形元金に対する昭和五二年二月五日から右弁済日までの年六分の割合による利息金と、(二)の手形残元金と、(三)の約束手形元金のうち金に充当し、同年五月三一日弁済のあった金八〇万円については、(三)の約束手形残元金および(四)および(五)の約束手形元金に対する昭和五二年二月一九日から右弁済日まで右同率の割合による利息金と、(三)の約束手形残元金のうち金に充当されるべきである。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、被告両名が訴外会社の取締役に就任したことを除いて、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、訴外会社は、それまで金融会社や不動産会社で働いてきた金次郎が新たに自分で金融業を始めるべく、同人が中心となって昭和四九年一月二三日資本金八〇〇万円をもって設立したものであるが、被告野路は金次郎の妻であって、右会社設立前の同年一月頃夫の金次郎から金融業を行うに当って会社を作るから印鑑を貸してほしいと申し向けられて、自己のいわゆる実印をすくなくとも会社設立のために利用されることを知って金次郎に貸与し、その後訴外会社が設立されてからは会社の事務所に出て、金次郎の指示に従い銀行への金銭の出し入れや電話の番をするなどの事務にも従事してきたものであること、また、被告松井は金次郎の実兄であって運送会社に勤め長距離トラックの運転手をしているものであるところ、当時金次郎から今度自分で会社をつくるという話を事前に聞かされて、同被告としても弟の金次郎が新たに独立して会社を設立し事業を行うことについては反対でなかったこと、その後、金次郎から、会社をつくるについては七人の者の印鑑が要るので兄の印鑑と印鑑証明書が欲しい旨の依頼があって、同被告の妻幸子が直ちに夫の印鑑証明書の交付を受けてこれと実印を金次郎に貸与し、またその頃金次郎から求められて同人が持参した会社設立に必要な書類に押印させていること、ところで、訴外会社設立後は被告松井自身も利殖の目的で数回にわたり合計金六〇〇万円を、訴外会社がさらに他に高利で貸付けて運用するものであることを知って同会社に融通し、同被告ないし妻の幸子が月々同会社に出向いて利息の支払を受けているものであること、以上の事実を認めることができ、右認定の事実と《証拠省略》を総合すると被告両名はいずれも金次郎からの要請により訴外会社の取締役に就任することを承諾したものと推認でき、昭和五一年一二月一日金次郎によって辞任の登記がなされるまでの間取締役の地位にあったものというべきである。

《証拠省略》中右認定に反する部分は《証拠省略》と対比して措信することができず、また、証人松井幸子の、当時夫は金次郎に協力することを拒絶していたが、兄嫁の立場として夫に無断で金次郎に夫の実印を貸与したとの証言部分およびこれと同趣旨の被告松井の供述部分は、いずれもそれ自体および《証拠省略》に照らして容易に信用することができない。

二  《証拠省略》によれば、原告は訴外会社の代表取締役である金次郎から懇請されて、昭和五一年一月三〇日から同年五月二八日までの間に訴外会社振出にかかる別紙手形目録記載の約束手形合計一五通の交付を受けて右手形額面合計金一七八〇万円を貸付けたところ訴外会社は支払期日の到来した手形についていずれも支払を停止したまま昭和五一年七月頃には事実上倒産してしまい、原告は右手形金一七八〇万円の支払を受けることができなかったことが認められる。

そこで、被告ら主張の訴外会社による本件手形債務一部弁済の抗弁について判断するに、原告が本件手形金債務の弁済として訴外会社から、昭和五二年二月四日に金一〇〇〇万円、同月一八日に金八〇万円、同年五月三一日に金八〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、しかして、右弁済に関して訴外会社による弁済充当の指定があったこともしくは同会社と原告との間に充当について特段の合意があったことについて格別の主張、立証がない。

そうすると、法定充当により、(1)昭和五二年二月四日弁済の金一〇〇万円は、当時支払期日の経過していた別紙手形目録(一)ないし(五)の各約束手形(《証拠省略》によれば右の各手形はいずれも支払呈示期間に呈示がなされ、各支払期日以降手形法所定の利息が発生していることは明らかである。)の各支払期日から右弁済の日までの手形法所定年六分の割合による利息金一一万七二〇四円、同目録(一)の手形元金五〇万円、同目録(二)の手形元金のうち金三八万二七九六円に、(2)昭和五二年二月一八日弁済の金八〇万円は、同目録(二)の手形残元金および同目録(三)ないし(五)の各手形金に対する昭和五二年二月五日から右弁済の日までの前同様の利息金六〇二三円、同目録(二)の手形残金六一万七二〇四円、同目録(三)の手形元金のうち金一七万六七七三円に、(3)昭和五二年五月三一日弁済の金八〇万円は、同目録(三)の手形残元金および同目録(四)および(五)の手形元金に対する昭和五二年二月一九日から右弁済の日まで前同様の利息金三万九五六一円、同目録(三)の手形残元金のうち金七六万〇四三九円に、それぞれ充当されたものというべきである。

とすれば、原告が本件手形元金相当の損害を被ったと主張する金員のうち、別紙目録(一)および(二)の約束手形金および同(三)の手形金のうち金九三万七二一二円は前記弁済により消滅したことに帰し、これらを控除した残金一五三六万二七八八円が原告の被った損害であると認められる。

三  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  金次郎は訴外会社の代表取締役となって手形貸付、割引等の金融事業を行うにあたり、何ら自己資金を用意することなく、訴外会社の設立に際して資本金として金八〇〇万円を福井市農業協同組合藤島支所から借入れたが、さらに運用資金を増大して利益の拡大を計るため、会社設立後間もない頃、訴外高椋俊一、同共同商事株式会社、同藤井清一等の金融業者および知人等から約五〇〇〇万円を越える金員を、同人らに月二ないし四分の利息を支払う旨約定して融通を受け、その後も引続き同業者等から借入れをし、かようにして元手となる資金をすべて右の如き借入れによって調達し、これを平均して月六分の利率の約定で他に貸付けをした。しかし、訴外会社の経営状態は昭和四九年度において既に赤字であったところ、昭和五〇年三月には当時の貸付運用資金約八〇〇〇万円程度のうち大口の貸付先である訴外友進商事株式会社に対する貸付金五〇〇〇万円が同社の倒産により焦げ付き、そのうち約金一〇〇〇万円をなんとか取立てたものの残金四〇〇〇万円が回収不能となり、さらに同年九月には訴外坂井敏純に貸付けた約金一八〇〇万円がこれまた取立不能となり、右の如く多額の貸付金の回収が不能となって損害を被り一方、借入先である金融業者らに対しては約束したそれなりに高利の利息の支払やさらには元金の返済もしなければならない事態となって、訴外会社の経営は危機に瀕し、昭和五一年度は新規の貸付けを行うことは殆んどできず、もっぱら借金のたらいまわしに追われ、同年六月頃には債権者の追及をのがれるため、什器等を売り払って会社の事務所を一時他に移転するなど、当時約八〇〇〇万円を越える負債をかかえて倒産同然の状態にあった。

原告は金次郎とはかねてからの知り合いであって、昭和四五年頃から金次郎に時々小口の金員を用立てるなどし、昭和五〇年三月には金次郎にならって自らも金融業を始めるに至ったものであるが、金次郎は訴外会社の経営が前記の状態であったにもかかわらず、利息や元金の支払に追われて借金に借金を重ね、そして原告からも昭和五一年一月から同年五月にかけて、別紙手形目録記載の約束手形一五通を、何ら支払期日に支払う資金も能力もないことを知悉しながら原告に振出して金融を受け、なお、そのうち同目録(一)ないし(九)の約束手形は訴外会社が何ら取引関係のない福井信用金庫松岡支店を支払場所とする手形であって、結局訴外会社は右の全手形を不渡りにした。

2  訴外会社は金次郎がその資本金の全額を調達し、事務的な手続のすべてを行って設立し、被告両名はいずれも金次郎の意を受けて取締役に就任することを承諾したものではあるが、金次郎の妻である被告野路は同会社の設立後、毎日ではなかったが会社の事務所に出かけたときは同会社の事務員らとともに銀行まわりや電話の連絡、応待等の仕事に従事し、金次郎が事業資金を株式会社福井相互銀行、福井市農業協同組合等一般の金融機関から借り受けた場合だけでなく、資金繰りに困窮して昭和五〇年九月頃金融業者仲間である宮崎茂樹から、昭和五一年五月頃同じく牧野磯右衛門から多額の借り入れをした(同人らもその返済を受けていない。)際にも自己所有の不動産をその都度担保に供して金次郎に金融を得させるなど、夫の行う事業に協力し、そして昭和五一年秋頃には、訴外会社の経営が破綻し諸方から借入れをなお反覆する状態のもとで金次郎が捻出した資金で、夫婦は自宅を新築し、昭和五二年八月にはこれまた金次郎の資金的な工面によって相当額の費用で借家に内装工事を施して店舗とし、被告野路が右の店舗で喫茶店営業を行っている。

一方被告松井は旧来から運送会社に勤務して長距離トラックの運転手をし、事実上他家に養子に出た弟の金次郎から依頼されて取締役の一員に名を連ねることを承諾はしたものの、就任後全く同会社に出社することなく、従前同様トラック運転手の仕事に従事し、ただ、同被告自身も訴外会社ないし金次郎に数回に分けて総額金六〇〇万円の貸付けをしているものであるが、右は金次郎から預金々利よりも高利の支払を約束されて娘の嫁入りのために蓄えた貯金をすこしでもふやす目的で融通したもので、訴外会社の経営に関心を払ってのことでなく、同被告も結局右の貸付金については倒産を理由にその支払を受けていない。

3  ところで、訴外会社は株主総会や取締役会が現実に開催されたことは一度もなく、設立後の同会社の業務は金次郎が独断専行してきたものであるが、取締役である被告両名は金次郎に会社業務の一切を任せて何ら監視を行わず、金次郎に取締役会を招集することを求めたり、自ら招集したりしたことは全くなかった。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

四  以下、前認定の事実に基づいて被告らの責任につき順次判断するに、

1  株式会社の取締役は会社に対し、取締会に上程された事項のみならず、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求めあるいは自ら招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき任務・職責を負うものであって、本件において、被告両名はいずれも金次郎から依頼、懇請されて取締役に就任したものであり、ことに被告松井は全く名目的な取締役として就任したに過ぎないというべきであるけれども、かかる場合といえども取締役に就任した以上は右の職責をまぬがれず、しかして被告両名は訴外会社の業務執行の監視について何らなすところがなかったのであるから、被告らには訴外会社に対する取締役としての任務懈怠があったといわねばならない。

2  そして被告野路は、訴外会社の業務が金次郎によって独断専行されていたとはいえ、前記のとおり夫の行う訴外会社の事業に関与し、協力していたものであって、訴外会社が金次郎のいわゆる個人会社であるだけにそれなりに経営に関して夫と一体性を保ち、その態様は必ずしも消極的なものであったということはできず、右の如き立場にあった同被告が前記の職責を尽くさず、その結果金次郎の無謀な金員借入れに伴う手形振出行為を看過したことは、任務懈怠につき重大な過失があったと認めるのが相当であり、かつ、当時の状況からすれば、同被告において右の義務を尽くせば、金次郎による右の如き手形振出行為を察知、発見することも決して困難ではなく、これを阻止することも不可能ではなかったと推認され、そうすると、同被告の任務懈怠と原告の被った損害との間に相当因果関係があるというべきである。

3  他方被告松井についてみるに、同被告は一介のトラック運転手であって全く名目的に訴外会社の取締役に就任したに過ぎず、現実に出資もせず、報酬も受けとっておらず、もとより訴外会社に出社したり同会社の経営に関与するなどのことを全く前提とはしなかったものであって、その他前認定の事情のもとで、同被告に会社に対する任務懈怠のあることは前記のとおりであるけれども、この点につき同被告に商法二六六条の三の規定にいうところの悪意または重大な過失があったと認めることは困難であると判断せざるを得ない。

五  原告の損害の発生につき原告にも過失があったとの主張につき検討する。

《証拠省略》を総合すると、原告と金次郎は両名とももと株式会社福井銀行に勤めていたことのある親しい間柄であり、原告は金次郎にならって金融業の営利性が高いことに魅力を感じて自ら同種の事業を開始するに至ったものであるが、その際金次郎から、原告自身が貸付を行うよりは自分の方に金をまわしてくれれば他に高利で貸付けて原告には月四分の利息を支払うと申し向けられて、金次郎が調達した資金をさらに高利で金融に困った相手に貸付けるものであることや、昭和五〇年三月には訴外会社が訴外友進商事の倒産により金額の点は別として相当額の不良債権を抱えるに至ったことを知りながら、昭和五一年六月頃まで月四分の利息の支払を受けてその間本件手形等による貸付を実行、継続し、原告自身金融業者として訴外会社の財産状態を調査すればその内情を容易に知り得たのに右の調査をなさず、訴外会社ないし金次郎から担保を徴することなく漫然と貸付けを行ってきたものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実関係を総合考慮すると、本件損害の発生については原告にも斟酌すべきすくなからざる過失があったというべきであって、民法七二二条二項の類推適用により、前記二の金一五三六万二七八八円の四割はこれを控除するのが相当である。

そうすると、原告が被告野路に対し損害賠償として請求し得べき額は金九二一万七六七二円となる。

六  叙上の次第で、原告の本訴請求は、被告野路に対し金九二一万七六七二円とこれに対する同被告に本件訴状が送達された翌日であることが一件記録により明らかな昭和五二年四月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるのでこれを認容することとし、同被告に対する右の限度を越える請求および被告松井匠に対する請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 朴木俊彦)

〈以下省略〉

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